琉球王国時代の最高の聖地「斎場御嶽(せいふぁうたき)」
琉球王国は700年の歴史を持ちますが、その中でも最も栄えたのが第二尚氏「尚真王」の時代です。
この時代の琉球王国は最高権力者である国王の下に総理大臣の立場にあたる三司官がいて、政治を司りました。
しかし、国王は「キミテズリの神」からの御神託がなければ即位することが出来ませんでした。
御神託を伝えるのは女神官でしたが、最高の女神官は「聞得大君(きこえおおぎみ)」と呼ばれ、王女または王の姉妹がなりました。
この時期、神女たちの世界にも位階制度が確立し、聞得大君の下には首里城の高級士族の居住区である儀保、首里、真壁の各殿地(どんち)毎に選ばれた三人の神女「大あむしられ」がいました。
琉球国では男尊女卑の思想は無かったようです。なぜなら女性は神の使いとして、あるいは御神託を授ける存在として「君(きみ)」とか「祝(ノロ)」と呼ばれ神聖な存在だったからです。
王家だけでなく民衆の間でも、娘や姉妹は家長や長男を災難から守る神的存在として考えていたため「うない神」と呼んで大切にしました。
本土では奥さんのことを「山ノ神」と言うところもありますが、女性はきっと神に近い存在なのでしょうね。男性の皆様、女性の中に神性を見出すように大切に接してあげて下さいませ。
女性の皆様、男性に女神のように接して、守ってあげて下さいませ。
一番上の写真は、斎場御嶽の最も神聖な場所から写したものです。1999年にこの場所から「金の勾玉
(まがたま)」が発掘されました。驚いたことに、勾玉や金貨、青磁などが整然と風水的な秘儀によって埋設されていました。
二番目の写真は、斎場御嶽最初の広場でここで礼拝し舞を踊ったようです。
三番目と四番目の写真は、斎場御嶽背後の自然森の中にある特別な聖地で撮影したものです。ここに来るには崖をよじ登らなければなりません。
沖縄で癒しの歌や踊りでボランティア活動をしているグループ「アナハタ」のメンバーと一緒に来ましたが、ここで偶然出会った斎場御嶽の魅力に触れて沖縄に移住してしまった毛川さんと横浜からやってきた植原さん姉妹も何かの御縁で一緒に登りました。