沖縄の皆様、あけましておめでとうございます。 昨日は旧暦の元旦でしたよね。沖縄では新年を迎え、いろいろ行事が行われたでしょう。台湾や中国でも春慶節と言って旧暦で新年をお祝いします。
ここ、出雲では出雲大社で「福神祭」がありました。旧暦の正月をお祝いすると共に、出雲大社教管長の講話や福引がありました。福神祭には今年初めて参加したのですが、なんと福引で「福俵」が当選しました。当選者は神殿の前で神職の方から祈願していただきました。それだけでもありがたいことですが、帰り際にどっさり副賞を持たされて本当にびっくりでした。今年はとても縁起が良いスタートとなりました。福神祭については、後日書きましょう。
ところで、1月17日〜23日まで沖縄に行ってきました。 沖縄滞在中に日記を更新するつもりでしたが、いろいろな方々から歓待され、連日夜遅くまで一緒に楽しいひと時を過ごし、日記を更新する時間がありませんでした。
沖縄滞在中は1月21日頃までとても温かくて、というよりも暑くて半袖のTシャツ一枚で過ごしましたよ。ホテルや車では冷房をかけていました。風習だけでなく、気候からも沖縄は外国といった感じがしますね。
1月17日は「かねひで都パレス」での風水講演会でした。100名を越えるお客様が来場されました。パレスクラブ会員向けの講演会だったのですが、会場に入りきれないため、予約が取れなかった方も多かったそうです。ところが、飛行機のフライトスケジュールが変更になっていて、ぎりぎりで間に合う予定でしたが、交通混雑もあって会場入りが遅れてしまいました。お客様やかねひで都パレスのスタッフの皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
お正月の縁起の良い話ですし、はるばる出雲から駆けつけるので、出雲観光協会から貸していただいた「番内さん」の面と衣装を着けて登場しました。各テーブルを回って「あくまんばらーい」と言いながら、厄払いをさせていただきました。番内さんを初めて見る方も多く、その姿に会場の皆さんはびっくり。出雲大社のお正月の気分を味わってもらえたようです。会場では島根県と出雲市の観光パンフレットも配布して沖縄の皆様に出雲の観光宣伝もさせていただきました。
担当者の政倉さんは「2ヶ月に一回パレスクラブ会員向けの講演会を企画していますが、和来先生の新春風水講演は毎年一番人気で満席になります。今年はこの衣装で講演して下さり、お客様の反応もとても良かったです。来年も是非講演をお願いします」とおっしゃって下さいました。出雲に引越しても沖縄にはたくさんのファンの方がいて下さり、とてもありがたいことです。
17日の夜は那覇市泊港の「とまりん」にある「かりゆしアーバンホテル那覇」に宿泊しました。今回は、なぜか無性に那覇の港が見たくなったのです(後で理由がわかりました)。また、とまりんには琉球ガラス村のショップがあり、そこで和来龍の風水グッズも販売していますので、お店を見ながら店員の方に挨拶もしたいと思っていたのです。
 琉球ガラス村とまりん店風水コーナー
ホテルについたのが夜遅かったため、軽く食事をしに近所に出かけました。前島あたりをぶらぶら歩いていると「ゆいまーる」というお店がありました。近海魚の刺身などを出す、ちょっとした料理屋です。目立ちはしませんが、沖縄の家庭料理が食べれる家族的で温かいお店でした。泡盛を飲みながらお店の人といろいろ話をしました。とても素朴で正直そうな感じがするので出身地を尋ねたら、大将は粟國島の人で、女将さんは久米島の人でした。
いつしか話題は琉球王朝時代の話になり、ウチナンチュ(沖縄人)は海を利用して諸国と交易していたことなどを語り合いました。面白かったのは、先日テレビで南薩摩地方の文化を紹介していたのですが、その多くが沖縄にルーツがあるものだったという話でした。例えば、現在サツマイモと呼ばれているイモは約400年前の1605年に野國総管が中国から持ち帰ったものです。それを知ってか私の子供の頃出雲ではリュキュウイモと呼んでいました。さつま揚げは、琉球料理のチキアギーから来たとか、焼酎は琉球王朝時代にタイから伝わった泡盛製造技術が伝わったとも言われているとか・・・。 「とまりん」に宿泊したのは、この人たちと出会うためだったように感じました。
沖縄は琉球王朝時代に海洋交易により中国や東南アジアとの太いパイプがあったということが知られています。こうして沖縄に伝わった諸外国の文化や技術は1609年の「島津の琉球侵攻」とその後の間接支配によって薩摩に伝わり、薩摩の物として日本全国に知られるようになったのです。
島津藩の明治維新の功績も実は沖縄が踏み台になっていたから出来たことであり、太平洋戦争の時も沖縄が地上戦で捨石となり、現在でも米軍基地が置かれるなど日本の繁栄の陰には琉球の犠牲があるということを知るべきでしょう。
1月18日は午前中ラジオ沖縄の生番組「まことにいい朝」に出演させていただきました。番内さんの面と衣装を着けてラジオ沖縄に乗り込みました。小磯まことアナウンサーもびっくり。2006年の風水開運法をお話してリスナープレゼントを差し上げてきました。帰りにスタッフルームにも挨拶に行くと、皆さん突然の番内さんの登場にびっくり。「厄払いをしてくれー!」という方もありましたよ。
18日夜は琉球ガラス村で風水講演をしました。大社神謡のおめでたいテープを流しながら、またしても番内さんの登場です。皆さん恐る恐る番内さんに近づいて厄払いしてもらっていました。鏡を見るとそこに写っているのは、自分ではなく番内さんです。自分で見ても恐いと感じます。仮面とはとても不思議なものです。仮面を被ると何だか別人になったような気がします。神楽や能で面を被るのは、見る人たちのためだけではなく、演者がその役に没頭できるからなのだと改めて感じました。琉球ガラス村では抽選会やオフ会も行われました。琉球ガラス村からたくさんの景品が提供され、皆さん大喜びでした。
 琉球ガラス村での講演
短い時間でしたがオフ会もしました。ライターの和家若造氏も参加され、和気あいあいで楽しく過ごしました。今年から琉球風水の勉強会を始めることを皆さんにお伝えしました。琉球風水の勉強会の目的は、正しい見識を持った琉球風水師を育成することです。そのためには、琉球民族の歴史や文化を学び、琉球民族の誇りを持って社会に貢献することを学びます。
琉球民族は、かつて礼儀正しい民としてアジアで知られ、琉球王国は「守礼の邦」という扁額を掲げました。ところが、ここ数年、沖縄の成人式での若者の無礼な振る舞いが全国放送されるのが恒例になっています。これは一体どうしたことでしょう。もっと、自分達の民族や先祖のことを知って、礼節を知り、誇りある大人になって欲しいと思います。そういう願いもあって、今年から琉球風水の勉強会を始めることにしました。
オフ会の後、琉球ガラス村の川上さんに馴染みの料理屋さんに連れて行ってもらいました。そこは那覇市久米にある「福州園」隣の「てぃーあんだ」というお店です。お店の雰囲気は居酒屋よりも高級で静か、料亭ほど大層ではなく庶民的。琉球風と中国風が合わさったような感じの店です。ここのママさんは凡そ600年前に中国から沖縄に帰化した久米36姓の子孫ということで(24代目だったかな?)、この久米で働くことが誇りのようでした。
久米は琉球王朝時代、唐栄とかクニンダムラと呼ばれて中国帰化人の居住区でした。久米大通りは龍の身体を模して作られ、居住区全体が風水によって整備されていました。あの有名な風水師であり、三司官であった蔡温も久米出身です。ですから、久米36姓の子孫にとっては先祖の住んでいたところとして感慨深いものがあるに違いありません。
閉店時間を過ぎても話が弾んで、ママさんが奥から系図を出してきました。その系図を見て身震いするような出会いがありました。17代目に、現在私が琉球占術で用いている漢語テキストに琉球和語で注釈を書いていた『鄭元偉』先生の名が載っていたからです。その瞬間、感激で全身にビビッと電気が走るようでした。
この先生の書いた注釈を琉球古語大辞典を横に置きながら苦労して解読したこれまでのことが思い出されただけでなく、解読を進めるうちにその考え方や思想に共感したり、教えられたことが多かったのです。少し大げさに言えば、「師にお会いした」という感覚です。
名前の横には紫金大夫と書かれていました。紫金大夫は、村長や三役に当たる久米村で最も重要な役職ですから、才能だけでなく人格的にも優れ、多くの方から支持されていたことでしょう。今日ちょうど、琉球風水の勉強会を始める話をしたばかりだったので、この勉強会を鄭先生も賛同し、応援して下さっているように感じました。
ママさんに、現在久米に伝統的な風水師がいるかと訪ねたところ、今はいないということでした。私もこれまで自分で探し回って風水師はいないということがわかっていました。もしかして、と思って尋ねてみましたが、やはりいませんでした。私が久米を拠点にして風水の勉強会をすることも考えてみました。しかし、現在の久米は太平洋戦争で焼け野原になった後、再建されたもので、風水環境が悪くなっているだけでなく、余所者が受け入れられにくい地域だということがわかりやめました。
久米村の代わりを捜してみると、琉球王朝時代に風水によって作られた集落や建造物が今も残っていて、かつて村長が風水師、現在でも住民に風水思想が受け継がれている地域がありました。
それはズバリ!久米島です。「エーなんだって? それって、駄洒落じゃないの」と言われそうですが、琉球風水を勉強し、語り継いでいくのなら本当に久米島が一番良い環境なんです。久米島には上江州家をはじめとして、琉球風水にしたがって建てられた物件や資料が比較的たくさん残っています。海はきれい、水は豊富で断水することはなく、人々もおおらかで優しく住み心地の良い島です。そこで、久米島に拠点を置いて琉球風水の研究、普及をしようという気になりました。
ちょうど翌日の1月19日から出雲と久米島の子供達の交流プログラムの相談や風水の資料調査で久米島に行く予定が入っていましたので、このアイデアはきっとうまく行くと思いました。久米島での話は、明日の日記に書きましょう。
ところで、琉球風水勉強会について少し解説します。この勉強会で風水の知識や技能を修得して将来琉球風水師として開業することも可能ですが、それだけでなく、琉球歴史と風水思想を学ぶことによって天運のある生き方を実践し、己の心を磨き、家庭での子供の教育や職場での人間関係や新人教育に役立つものです。まずは沖縄市一番街にあるたじま屋本店で説明会と第一回勉強会を行います。 日時と参加費は下記の通りです。
日時:2006年2月7日(火)18:30〜20:00 場所:たじま屋本店(沖縄市一番街) 対象:一般 参加費:5,000円(資料代:3,000円含む) 問合せ先:たじま屋098(937)8118
縁とは実に不思議なものです。たじま屋の古謝社長は久米36姓の子孫で、先祖は中国から暦などを沖縄にもたらしたそうです。それって、風水師じゃないですか? この流れで行くと、風水勉強会でどんな人たちが集まるのか、とても楽しみです。 ▲top |