2008/08/21
中国四大発明と風水
海
沖縄の海

 お盆が開けて、高校野球も終わり、皆さん少しずつ仕事モードに戻ってきたでしょうか。
 いや、まだ北京オリンピックが残っていました。もうしばらくは、落ち着かないですね。

 今回のオリンピックは中国の国家宣伝のイメージが色濃く現れているようで、単純にスポーツを楽しむ雰囲気にはなかなかなれません。開会式の花火の足跡が合成画像だったり、少女の歌が口パクだったとか、少数民族の服装をした子供たちが実は漢民族の子供だったとか・・・。感動したシーンだっただけに、偽装となるとやはり残念です。

 風水を学び、研究する者として、昔の中国の文化や中国人の発明には敬意をはらって接しているのですが、現代の中国や中国人の価値観や生き様には唖然とさせられることが多くなっています。孔子の素晴らしい教えは忘れられてしまったのでしょうか。

 オリンピックの開会式でも紹介されていましたが、古代中国の四大発明は、紙、印刷技術、羅針盤、火薬です。これらの発明が世界中に広まり、人類に大きく寄与しました。
 ここで問題です。風水と深い関係がある発明は何?

花

 皆さんもすぐわかったと思いますが、答えは羅針盤です。
 羅針盤はもともと指南(儀)と呼ばれていました。磁石化したスプーンのようなものを水の上に浮かせるとスプーンの柄の方が南を指すためです。船の上に持って上がって羅針盤となる前には、地上で方位を計測する機械として利用されていました。

 明や清の時代になると風水師たちは風水理論を駆使して、指南を羅盤(ローパン)に進化させていきました。ですから風水師が用いる羅盤と船の羅針盤は兄弟のようなものです。

 羅盤は単に方位を測るだけでなく、八卦や二十四節季、二十八宿の星座なども描かれていて、それ自体が宇宙を表現しているため、飾っておくだけでも神秘的な力を持つとさえ言われています。
 ですから羅盤はお経のようにありがたいものと考えられ、羅経とも呼ばれました。18世紀の琉球王朝時代には、蔡温(琉球王国随一の風水師)が中国で風水を学んで帰った際に大羅経を持ち帰ったという記録が残っています。実物は現存していませんが、蔡温は中国から琉球王国に羅盤を持ち帰り、その後の風水判断に用いたと考えられています。

 こうして風水は沖縄の習俗、文化に浸透していきました。現代でもシーサーや石敢当、ヒンプン(門からの目隠し壁)、仏壇、お墓(亀甲墓)などに風水の影響を見ることが出来ます。

海の朝
海の朝

 沖縄には風水師蔡温の子孫の方が結構いらっしゃいます。その中のある家族では、物知りだったおばあさんが最近亡くなったため、蔡温のことや風水を知る人がいなくなってしまい、とても困っているそうです。
 おばあさんの後継者がいないため、親戚が集まった時に、Aさんは、「あなたが誰か風水の先生から指導を受けて、中国福建省を訪ね、風水を学んできなさい」と言われているという話を聞きました。風水は先祖供養や冠婚葬祭の行事などとも関係が深いため、沖縄ではAさんの家族のように、時代を超えて現代でも風水を学ぶことを重要視されている一族(門中)もあります。


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